意識化したバイアス
他人の卒論を読み、またそれについてコメントした際にちょっと思ったこと。ちょっとカタい話で、しかもメモ書き風なのでまとまってないんですが。
自分の様に、興味関心がある地域(であり、研究の対象地域)に一年程度住んだ人間だったり、長らくその地域に関する研究を続けた人には、どうしてもある種のバイアスが生じてしまいます。その地域を深く知る人にとっては自明とされていること、自分が肩入れしている研究視座からすると前提となることなどに、そういうバイアスは現れるのだと思います。
自分としてはなるべくこの種のバイアスを排して物事を眺めたいと思っていました。なぜならこのバイアスは門外漢からすると単なる主観にしか見えないことがあるからです。
が、一概にこのバイアスが悪だとも言い切れないのではないか、という指摘を受けました。なぜなら「こういうバイアス含みの(学問的な)立場」というのもまたあるから、だそうです。むしろ社会科学の場合、バイアスが完全にない立場というものの方が難しい、と。
だから大事なのは、バイアスを排したものの見方を確立させるのではなく、自らのバイアスを意識した上で何らかの立場を取ること、なのかもしれません。って、至極当たり前のことではあるんですが、まぁ確認しておく良い機会ではありました。
続バイアス話、あるいは信頼するための余裕ということ
ついでにバイアスの話をもう一つ。これも他人の卒論を読み、コメントし、その後雑談した際に思ったことなんですが。
自分が所属するゼミは、名目上は「開発経済学ゼミ」となっていますが、実質はもうちょっと射程距離が広い「開発学ゼミ」の様な気がします(ただ下の代からはもっと経済に力点を移しているみたいなんでちょっと違うんですけど)。だから卒論のテーマも経済のみならず教育や移民といったことと開発を関連させてる場合が多かったりします。
で、中には貧困層の中でも統計数字等に表れにくい人々を研究対象にするゼミ生もいて(自分がその筆頭だったりするんですがw)、そういう研究対象をどう扱うのかについては試行錯誤しなければなりません。自分の場合は何とか指標化することができたんですが、中にはフィールドワークや留学時の経験から、統計数字をまったく信じない人もいます。
そういう不信感も理解できます。メキシコの場合、統計局がそれなりの規模で、しかも統計調査に費やしてきた長い歴史があるので、ある程度の信憑性があるのではないかと思います。しかしアジアの諸国を研究対象としてる人には(統計に関する)根強い不信感があるようです。
ただ、自分の周りの「統計数字不信論者」を見る限り、統計の限界を勝手に設定している気がしてなりません。もし、例えば回帰分析で何ができるか、といったことを理解した上でそれでも統計はダメだと言うのなら納得できますが、そういう先行研究に触れたこともないのに「統計?貧困層とは無縁だね」なんて言い切ってる人が、実は結構いるのではないでしょうか*1。
これも上で書いた「一つの(バイアス含みの)立場」と捉えられないこともないですが、でもこの場合は間違った立場では、と思います。更に自らのバイアスに自覚的じゃないというおまけ付き。折角面白い研究してるのにこういう誤った考えに拘泥してる人はすごくもったいないと思います。
そんなことを思っていたところ、このところ読み直していた本で印象的な箇所を発見したので、ちょっと長い(し微妙に文脈が違うかもしれない)んですが引用してみます。
しかし、どうすれば(経済学に限らず)そういう「教養」が身につくのだろうか?それはただ単に勉強して知識を詰め込めばいいってことではないだろう。しつこいようだが、人間の能力には限りがある。全てを知る事が「教養」ではない。そうではなく、それ以前の「生活態度」のレベルで重要なことがある。それは「専門知識」のありがたみを骨身にしみて知っておくこと、つまり自分の現場で自分なりの「専門知識」をきちんと身に付けておくことによって、他人の「専門知識」に対する尊敬の念を持てるようになること、であろう。
もちろんこの場合、自分のことで手一杯になって、他に目をやる余裕がなくなってしまっては元も子もない。自分が無知であることを実感できる程度には勉強しておくこと。自分の畑がごく狭いところであること、世界がとても広いことを実感できるためには、周りを見渡すことと同時に、自分のその狭い畑が、それでもあんがい耕しがいがあると知る(だからよその畑も結構大変かつ面白いかもしれないと想像する)ことが必要だ。出所:『経済学という教養』、p.289、強調は引用者による。
自分もちょっと油断すると「○○不信論者」になってしまうかもしれないし、この点は(これも上記のバイアス話と同様に基本的なことかもしれませんが)強く意識しておく必要がありますね。
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*1:勿論、統計が万能だ何てことは言いません。しかし計量の手法が使えれば、例えば貧困の要因について、そこそこ突っ込んだことを言えることも確かです。