帰国前日


一年前、メキシコから帰る日のことを想像してみようとしたことが何度かあった。しかしそれらのイメージは全て現実性のないものだったのを覚えている。徐々に生活に慣れ、友人も増え、私自身の口数も増していくにつれ、「その日」までとは言わなくとも「その辺り」のことぐらいは何となくイメージできるようになっていった(とは言え、本当に漠然と、だが)。


その頃からずっと、帰国日とは「さよならを言う日」、「さよならを言わなければならない日」であると考えていた。友人へ、「家族」へ、そしてメキシコへ、さよならを言う日。それが、私の中での「八月五日像」であったのだ。


ただこの数日間、特に親しかった友人や前の家で一緒に住んでいたセニョーラ、今の家の家主一家と会い、送別会めいたものをやってもらって気付いたのだが、私は一度も「アディオス」(さよなら、の意)を言っていないのである。勿論ここ数日間で形式的に「Adio's, hasta luego!!」と言ったこともあった。それでもその際には、皆口々に「今度来たら家に泊まれ」だったり「今度来た時も絶対に連絡しなさい」だったり、とても嬉しくなるような言葉をかけてくれる。それらの言葉の最後に出てくる「アディオス」は、形式的なものに過ぎない。誰も、少なくとも私は、それが本当の「アディオス」になるとは思ってもいないし、各々との次に会った時の会話が目を閉じればありありと浮かんでくるのである。


明日の早朝、私は一年間住んだメキシコを離れ、日本に戻る。しかし、彼等との本当の「アディオス」が来るのは、明日ではない。それがいつかは、まだ分からない。それは、何だかんだ言っても私の中でメキシコという存在はどこか特別で、この先も関係を絶たないでいたい、と思っているからだろう。メキシコを嫌いになり、もう二度と来るか、と思っている方がいても、それはそれで仕方がないことだけれど、私は幸いそういう思いを抱かずにすんだ。メキシコに悪いところがないなんて、そんなことは言わない。どうしようもないな、と思う時は何度もあった。それこそ、数えられないくらいだ。それでも、メキシコは私の心の中の、とても重要な部分に居座り続けているのである。


この一年、色々なことがあった。人知れず涙に暮れた日も、思わず笑みがこぼれてしまう様な日も、沢山あった。その全てを与えてくれた、全ての人々、様々な土地、空や海、そして、「メキシコ」へ、言い尽くせない感謝をここに記したい。


Gracias Me'xico, hasta luego pinche cabro'n!!