『バス174』


TSUTAYA DISCASに入会して初めに借りたのが、ブラジルで実際に起きたバスジャック事件のドキュメンタリー映画の『バス174』でした。実は内容の説明を詳しく読んでなくて、実話を元にしたフィクションだと思ってたので、実際に見始めてちょっと驚いたんですけど(アホですねw)、良い映画でした。


このバスジャック犯は、幼少の頃に母が強盗に殺されるのを目の当たりにし、その後に家を出てストリートチルドレンとなりました。路上暮らしの中でも仲間が警察に殺されるといった衝撃的な事件を経験しています。そのためか、乗っ取ったバスから警察を罵倒するシーンが多々あります。ただ、人質の大学生を「授業に遅刻するから」といってバスから降ろしたりと、不可解な行動も見られます。こういう犯人の心情は映画が後半に差し掛かっていく中で次第に(何となくですが)明らかになっていきます。


開発経済学の世界では「貧困の悪循環」という良く知られた理論があります。これは簡単に言うと、低所得→低貯蓄→低水準の投資→低所得、というものです*1。これは経済学的に貧困を捉えた古典的な議論なんですが、これと似た様な社会的構図がこの映画から、と言うかブラジル社会(ひいては途上国一般)から見て取れるのでは、と思いました。つまり、貧困という前提になる状況があって、スラム、犯罪、警察や刑務所等の制度的な不備といったものが循環的に結びついている。勿論これはこれでオーソドックスな議論だと思いますが、この『バス174』はそういった構図が色濃く見られる映画でした。


(以下、ちょっとだけネタバレがありますのでご注意下さい)


それと個人的に印象に残ったのは映画の終盤のあるシーンでした。警察の特殊部隊が犯人の狙撃に失敗し、犯人が人質を射殺し*2、包囲していた警察が犯人を取り押さえる場面で、周りの野次馬が犯人の所に雪崩を打って押し寄せます。野次馬は口々に「奴を殺せ!」「撃ってしまえ!」と叫んでいます。バスジャック事件の現場とは思えないぐらいに警察の包囲網がモロい、という点は置いておくにしろ、周りの人達の狂気的な振る舞いにはちょっとゾッとしてしまいました。


しかし同時にこれと似た様な映像をどこかで目にしたことがある、とも思いました。ちょっと経ってから気付いたんですが、留学中にメキシコで起きた「警官三人のリンチ殺人事件」がその既視感の原因でした。これは、麻薬組織を追ってた警官が地元の子供を誘拐したと勘違いされ、リンチされた挙句に焼き殺された、という事件だったんですが、その時も怒り狂った300名余りの地元住民が警官を殴りつけていました(ちょっと記憶が曖昧なので所々事実誤認があるかもしれません)。別にこういう気質がラテン系に特有のものだ、などと言うつもりはないんですが、少なくとも日本ではあまりお目にかからない画ですよね。


と、色々と示唆に富むドキュメンタリーでした。


バス174 スペシャル・エディション [DVD]

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*1:勿論、供給サイドと需要サイドのそれぞれを考えなければならないので、実際はもうちょっと複雑ですが、ここでは単純化して書いています。

*2:被害者にとって致命傷となったのは特殊部隊の誤射した一発だ、とも映画の最後で言われてましたけど。